ほたるBBの 絵と 本と 雑感日記

60代後半に再開したお絵描きと、読書の備忘録。考えさせられたことなども綴ります。

読書感想『刑務所の精神科医』 (野村俊明)

[内容]

長年矯正施設に勤務してきた精神科医が、罪を犯した人達の実態と刑務所の医療に

ついて語ったエッセイ。副題『治療と刑罰の間で考えたこと』

[感想]

著者は日本医科大学名誉教授。哲学と心理学を学んだ後に精神科医となる。

 

本書には数多くの“想像を超える”人達が登場する。どの話もインパクトが強く、中

には厳しい意見もあるが、著者の誠実な人間性を感じさせるものが殆どだ。

 

犯罪者の背景は様々だが、精神疾患の患者や知的障害の人が多いという。

少年達の更生のための矯正施設では、貧困家庭で酷い虐待を受けて育った人が収容

者の半数を占め、また日本の刑務所は高齢者の割合が高いそうだ。

 

著者は彼らに関して、以下のような意見を述べている。

「少年院出院者の社会復帰の為に必要なのは、家族への批判ではなく支援。」

「微罪を繰り返す知的障害者や高齢者に必要なのは、刑罰ではなく福祉的対応。」

「重症の精神障害の患者を受刑させても殆ど意義は無い。こういう患者こそ責任無

 能力として司法で裁くのではなく医療的な環境下で治療すべき。」

 

著者の若い頃のエピソードも綴られているが、予想とは全然違った。例えば

・小学校低学年の時は、授業中ずっと席に座っていられない子だった。

・高校に入学してすぐの頃のちょっとした“つまずき”により、学校に馴染めず

 遅刻・早退・欠席を繰り返し、学業成績は最底辺だった。   といった具合。

 

著者の「私も向こう(受刑者)側に居たかもしれない。」という言葉は漠然とした感

想などではなく、また精神障害や知能が理由で罪を犯す人への温情は、自身の生育

歴と経験が大きく関係しているようだ。

 

とはいえジレンマもあるようで、我が子を虐待死させた男に対しては、こんな思い

を書いている。

罪悪感を抱いていないように感じられ、何事もなかったかのように早く元の家庭

生活を再開したいと訴える患者に接していると、本当に

心神喪失‐責任無能力‐無罪”でよいのか、という疑問を抱かざるをえなかった。

 

犯罪者と関わる仕事をする人達の話も興味深いものだった。以下に3つ抜粋。

・精神鑑定が、この先生に意見を聞けばこういう判断が返ってくる…という予見の

 もとに依頼されることは少なくない。

・話題性のある事件に「無料で仕事を引き受けたい」と申し出る医師や弁護士は多

 い。しかし野心や名誉・理念や正義が強すぎるのは、良い結果を生まない。

・患者の症状を診る時に、自分の専門分野に固執することで自らの立場を保とうと

 することがあってはならない。

 

フィンランドの刑務所を見学した時の事も書かれており、日本との違いに驚かされ

る。刑務所所長が語った「私たちは良い受刑者を作ることではなく、良い市民を作

ることを目標としている。」この言葉に、日本との違いの根本が凝縮されているよ

うだ。

 

本書ではこの他にも、様々な精神障害薬物療法発達障害と非行・犯罪の関係、

家族間の殺人など、多方面に渡り詳細な解説が続く。

 

以下は本書の最後に書かれていたもので、私はこの言葉に著者からの戒めと、著者

の長きにわたる葛藤を感じた。

「 (略)‐とはいえ私達は自分の人生を自分で生きていくしかない。少年院や刑務所に

 収容される人たちは、偶然や運不運に振り回されただけで、何の責任も無いとい

 うつもりはないことを付け加えておく。」