ほたるBBの 絵と 本と 雑感日記

60代後半に再開したお絵描きと、読書の備忘録。考えさせられたことなども綴ります。

読書感想『誰がために医師はいる』(松本俊彦)

[内容]

精神医療の現状及び薬物依存症の真の姿と治療について、著者が精神科医になる

迄の気付きや葛藤を交えて解説。副題『クスリとヒトの現代論』

[感想]

著者は日本の薬物政策には批判的な考えで、「本来薬物依存症の人達は治療や支援

を受けるべきなのに、刑務所に収容されている。」

「断言する。最も人を粗暴にする薬物はアルコールだ。様々な暴力犯罪、児童虐

待‐(略)‐その数は覚醒剤とは比較にならない。」と言う。

 

昔「人間やめますか、覚醒剤やめますか」というキャッチフレーズで、大々的な覚

醒剤乱用防止キャンペーンが繰り広げられた事があったが、著者はこれがために、

依存症に対する偏見が広まったと見ている。

 

また、脳が委縮したり内臓がボロボロになっているのはアルコール依存症患者の方

であり、ゾンビのような薬物乱用者など存在しない…とも。

 

薬物による健康被害は規制を強化するほど重篤化し、社会的な弊害も深刻化するそ

うで、暴力団の資金源になっていると指摘する人には、かつて米国では禁酒法によ

って裏社会が密造酒で巨利を得たことを挙げ、規制だけでは何も解決しないと反論。

 

薬物に沈溺してしまう人は、成育歴由来のトラウマなどの影響が大きく、必ず心の

痛みを抱えているという。また、一度やめた経験のある人は、自分はいつでもやめ

られると思いながら「もう少しだけ…。」とズルズル続けてしまうことが多いそうだ。

自助グループやハビリ施設と関った時の話からは、支援者の頑張りと依存症から脱

却することの大変さがヒシヒシと伝わって来た。

 

少年鑑別所と少年院の嘱託医をしていた頃の話には、胸が痛んだ。

例え少年でも、罪を犯したら償わなければならない。しかし彼らがここに至る迄の、

親を含む周りの大人達の対応が酷過ぎる。

「困った人は困ってる人かも知れない」「暴力は自然発生するものではなく、他者か

ら学ぶものである。」…この言葉には、現場を知る著者ならではの重さがあった。

 

自殺に関しても幾つかのケースが挙げられている。本人が本気で自殺を決意した場

合は、治療や支援で救う事はもう難しくなるが、それでも自殺する時に人は最後ま

で迷うものだそうで、何ともせつない話だ。

 

精神科で処方される薬の問題点、薬を処方する病院側の問題点については、特に

ベンゾという薬の依存症を作り出してる事態を憂いており、「精神科医は白衣を着

た売人」「ドラッグストア医師」という言葉もあるそうで、これにも驚いた。

 

日本の精神科医療が薬物偏重となるのは、薬が最も低コストで時間がかからないか

らで、善意にあふれた医師も大勢いるのだが、彼らは皆とても疲れていて、しかも

同業者の間で孤立してることが多いという。

 

患者の中には病院をハシゴし、担当医の知らない所で貯め込んだ処方薬を飲んでい

る人もいるそうで、そんな事をされたら医者も家族もお手上げだろう。

 

著者のエピソード、例えばイタリア車やレゲエへの愛、コーヒー中毒だった話など

が随所に挿入されていて面白い。特に、テレビの討論番組に呼ばれながら司会者か

ら無視された時に、最後に一矢報いて「ざまあみろ」とほくそ笑んだという話には、

メンタルの強さに感動すら覚えた(笑)。