ほたるBBの 絵と 本と 雑感日記

60代後半に再開したお絵描きと、読書の備忘録。考えさせられたことなども綴ります。

雪の夜に橋の上で眠ってしまった息子

息子(Т)が大学生の時のこと。

部活の年末の飲み会が深夜に及び、帰宅の足が無くなった。そのため息子は大学の

部室で眠ることにし、1人でキャンパスに向かった。

 

距離は4㎞ぐらいだろうか。夜中の雪道で、途中には車の通りの多い大きな橋(長さ

約500m)もある。酔っていたとはいえ、何とも無謀な判断をしたものだ。

 

さて明け方に目覚めた息子は、自分が橋の欄干の前で胡坐をかいて座っていること

に気付いた。睡魔に勝てず、いつの間にか橋の上で眠ってしまったらしい。

 

それを笑って話す息子に、車に轢かれることも凍え死ぬことも無く、よくぞ無事に

戻ることが出来たものだと私は思わず絶句。

 

息子の話には続きがある。

目が覚めた時息子の膝の上には、二匹の猫が丸まって寝ていたそうだ。「もう帰り

なさい。」と言ってそっと放したが「まだ小さかったから連れて帰れば良かった。」

と言う。

 

私も何度かその橋を渡ったことがあるが、猫が散歩するような橋ではない。まして

冬の夜中のことだ。真実は分からないが、私は目には見えない何者かが息子が凍え

ないようにと、その猫達を差し向けてくれたのかも知れないと思い、感謝と共に

猫達がその後も元気でいることを祈った。

 

この世界には面白い偶然がいっぱいある。しかし中には、本当に偶然なのか?と

驚くような話も珍しくない。次の話も息子(T)の体験だ。

 

仕事からの帰り道でのこと。車を走らせていたら、突然ライトの先に口からダラダ

ラと真っ赤な血を流したお婆さんが現れた。一瞬「 幽霊に出会ってしまったか。」

と思ったほど不気味だったが、すぐに車から降りて彼女を助けた。

 

真相は、近所を徘徊していたお婆さんが転んでしたたか顔を打ちつけてしまった…

というものだったが、実はその日息子は (偶々)いつもとは違う道を通って自宅に

向かっていたそうだ。

 

「この世に偶然は無い。全て必然です。」という人達がいる。私はそれは違うと思

うが、何かに助けられることや導かれることは確かにある。

 

息子のこの2つの出来事の真相は分からない。ただの偶然ということも有り得る。

しかし私は自分の今迄の体験から、確証は得られなくともその結果を天に感謝する

ことを忘れてはいけない、そう思っている。

読書感想『シベリア抑留』(栗原俊雄)

[内容]

第二次大戦後シベリアに抑留された元日本兵に、当時の悲惨な生活を聞き取りし

たもの。 副題『未完の悲劇』

[感想]

敗戦直後に、旧・満州国から約60万人の軍人と民間人がソ連各地に連行された。

他国からの連行者も多数おり、その合計は417万人にも上ったという。

 

抑留の目的は、開発と戦後復興の労働力を確保するためで、ソ連要人の証言によ

ると、それは参戦前から決まっていたことだったという。その後関東軍首脳が国

民を労力として差し出したという、驚きの内容の文書も発見されている。

 

軍の将校や政府の高官・満鉄の幹部は、敗戦になった途端に住民を置き去りにし

て、真っ先に満州から日本に逃げ帰っている。残された人々のその後の地獄を思

うと、これが日本の上層部の本性なのかと…読んでいて暗澹とした気持ちになる。

 

抑留者はまず最初に自分達が暮らす収容所を作らされ、抑留生活は飢餓・重労働

・極寒の三重苦で、飢えや赤痢などの病気で約6万人が死亡。

死者は1年目の最初の冬に集中しており、翌年には環境が少しだけ改善されたが、

収容所は独立採算制で収容者たちが働いた賃金によって運営されていた為、尚一

層過酷なノルマ、労働を強いられていった。

 

仕事には様々なものがあったが、特に金属鉱産と炭鉱労働は過酷だったという。

飢えのために、虫や蛇、猫など目についたものは何でも食べ、倉庫から食べ物を盗

もうとしてソ連兵に射殺された人も少なくないとか。

 

ロシア兵からの虐待、食料のピンハネの他、抑留後も日本軍隊そのままの上下関係

が続き、虐め、リンチ、物品の奪い合いなど、日本人同士の争いも絶えず、自殺や

自傷の他、脱走を試みる者も少なくなかったが殆ど銃殺されたそうだ。

逃げ場のない生活は過酷で、この後も身内でなくとも聞くに堪えない話が続く。

 

ソ連の思想教育は徹底していて、その為に「日本新聞」が創刊された。中身は勿論

ソ連の宣伝のための機関紙だ。元々共産主義だった人間は幅をきかせていたという。

 

日本への引き上げは、1946~1956年の間の2期に分かれる。

ようやく日本の土を踏んでも、帰還後は“アカ”と差別されることもあった。

 

本書後半では、帰還者による保障と賠償の提訴が相次いで敗訴したこと、国に

よって「平和祈念事業特別基金」が設立されたこと、他に遺骨収集などについて

頁が割かれている。

 

本書のラストの章に書かれていた、帰還者の男性がうめくように言ったという次

の言葉は、胸に刺さった。「うまく立ち回って重労働を逃れた‐(略)‐我々生き残

った者はね、加害者なんですよ。」

 

皆が皆そうだったとは思わないが、同胞も蹴落とさなければ生き残れない極限状

態であったことは、想像に難くない。

近年、世界のあちこちできな臭さが増している。国民の多くが危機感を抱いてい

るが、果たして日本は大丈夫なのだろうか。

 

自殺した人間は成仏できないと言われるが 

私が小4の時のこと。同級生の女子(Aちゃん)が転校することになり、お別れの

挨拶をするために教壇の前に立った。しかし彼女は泣きじゃくっていて、最後ま

で言葉を発することは無かった。

 

担任からの説明は無かったが、私達生徒は皆、彼女のお母さんが自殺したことを

知っていた。自分の両親のお墓の前での、服毒自殺だったという。

優しそうな人だったけど、あんなに泣いてるAちゃんを残して死ぬほど辛い事っ

て何だったんだろう…と、子供達にもショックな出来事だった。

 

「自殺者は永遠に成仏できない」「自殺者は地獄に落ちる」と言う人達がいるが、

本来、仏教にそんな教えは無いと聞いた。しかもこの言葉には、自殺を思いとど

まらせる効果よりも、残された者を更なる苦しみに突き落とす罪深さがある。

 

以前知人から「私の父親は自殺してるの。」と打ち明けられたことがある。

父親の死因を人に話せるようになったのは、亡くなって10年が過ぎてからだっ

たという。彼女の話を聞くと、残された人の多くは喪失感と共に自分を責め続け

るという点も共通しているようだ。

 

2023年の日本の自殺者数は約2万人強と発表されているが、実は変死扱いの遺

体の中には、かなりの数の自殺者が含まれているのではないかと言われている。

 

健康な心でいる時なら、「死ねば解決する、逃れられる、無になる。」などと思

っても、すぐにそんなわけは無いことに気付く。しかしそれが分からず自殺して

しまうということは、心が疲弊して病の域に入ってしまっているからだろう。

 

昔から「人生は一度きり。悔いの無いよう生きなさい。」と言われる。

死んだら無…と考える人なら、人生は一度きりと思うのは当然だろう。しかし実

は、死後の世界や生まれ変わりを信じている私も、「今生は一度きり」という意

味で、同じことを思っている。

 

何故なら、個々の魂の本質は死んでも変わらず、今生での間違いや未熟な行いは、

今生のうちに気付いて悔い改めなければ来世でも繰り返す可能性があり、ある意

味それはとても怖いことだから。

 

では、もし大切な人が自死を選んだ時、残された人はどうしたら良いのか。私は

「毎日その人に、心から愛する気持ちを伝えるのが一番の供養になる(救われる)。」

という言葉を信じて祈り続けてほしい、とそう思っている。

 

ラッコの湯温計(色鉛筆・パステル画)

随分前に買ったものだけど、いまだに重宝しています(^^)。

 

昔から、災害発生時の備えとして浴槽に水をためておくこと

が推奨されていますが、災害よりも幼い子供やペットが浴槽

で溺れる確率の方がずっと高いので、私は一度も実行したこ

とがありません。

 

ちなみに災害で断水になった直後は、配管が壊れている危険

があるので、トイレに汲み水を流してはいけないそうです。

読書感想『学力の経済学』(中室牧子)

[内容]

主にアメリカの実験データを基に、教育を“経済”の視点で考察したもので、多く

の専門家の意見も紹介されている。(教育書としては異例の30万部を突破)

[感想]

著者は教育経済学者。慶応義塾大学教授。

 

教育経済学とは「教育を経済学の理論や手法を用いて分析することを目的として

いる応用経済学の一分野」とある。分析の元になるのは大規模なデータだ。

 

著者によると、日本では根拠の無い教育論が蔓延しており、行政の施策も非論理的

で「他人の成功体験を真似してもうまくいく保障は無い」と手厳しい。

 

教育経済学の目で見ると、教育はズバリ“未来のための投資”だそうだ。

「今ちゃんと勉強しておくのが、あなたの将来のため。」は経済学的にも正しく、

将来の年収を高めることに繋がるという。

 

国の“学歴による賃金格差”の統計を見れば確かにその通りで、もっと言えば大企業

や官庁では学閥が幅を利かせており、出身大学も影響してくる。

ただ、世の中には起業や実力主義の世界での成功者も大勢おり、更に高学歴ワーキ

ングプアが社会問題化しているのを見ると、一概には言えないと思う。

 

本書では、データに基づいた結果やその対策が詳しく述べられている。例えば

 

・頭の良さではなく努力を褒められると、挫折しにくい子に育つ傾向がある。

・ご褒美はあげても良い。但し点数や遠い先の目標に対してではなく、勉強の仕方

 を具体的に提示した上で“努力”に対して与える。(「この宿題を終えたら」等)

・「勉強しなさい」と言うのは逆効果。しかし父親が息子の、また母親が娘の勉強

 を見てあげるのは効果が高いという結果が出ている。

・人的資本の投資で最も収益率が高いのは、幼児教育である。但しこれは勉強に対

 してだけではなく、躾などの人格形成や体力・健康などへの支出も含む。 等々

 

以下に特に大事なことと、印象に残ったことを3点抜粋。

 

◎『非認知能力』は、学歴・年収・雇用などの面で、子供の人生の成功に長期にわ

 たる因果効果を持つ重要なものである。また子供の多くは、その方法を学校教育

 を通じて学んでいく。

※非認知能力 =「自制心」「やり抜く力」「協調性」といった、知能検査や学力

         検査では測定出ない、人の心や社会性に関係する力のこと。

 

◎平等主義的な教育は「人間は生まれながらに持つ能力には差が無い」という考

 え方が基礎になっている。そのため、成功しないのは本人の努力不足だとして、

 不利な環境に置かれている他人を思いやれない人間を多く育ててしまっている。

 

◎「教員は教育の要」「能力の高い教員は、子供の遺伝や家庭の資源の不利すらも

 帳消しにしてしまう程の影響力を持つ」

 

加えて、教師と現行の制度の問題点を挙げ、教員の質を高める方法を幾つか提案。

また、日本では国のデータが研究者に公表されず、教育業界も閉鎖的なために、教

育経済学の研究になかなか協力を得られないそうで、著者はこの点についても強く

理解を求めている。

 

最後に、読み終えて感じたことを一つ。

統計というのは、誰が、どのような方法で、何(誰)をサンプルにしているかによって

結果がガラリと変わる事がある。データも個人の成功談と同じように、あくまでも参

考にとどめ、親は目の前の子ども自身を見ながら、手探りでも自分の頭で考えること

を忘れてはいけないと思う。

子供達の砂遊びが減っている

我が子が小さい時は、どこに引っ越しても庭に遊び用の砂場を作り、一緒に子供

用の鉄棒も置いていた。砂場は周りを木材で囲んだ2m四方程の小さなもので、

砂は建築や造園の会社などに注文して、軽トラックで運んでもらった。

 

まだ5才の長男と次男が砂遊びに熱中して、ご飯の時間になっても「あと、もう

ちょっと~。」と中々家に入ってこない時は、叱るよりもむしろ嬉しかったし、

2人一緒に風邪で寝込んでしまった時は、砂場がとても寂しそうに見えたものだ。

 

その内、近所の子も時々庭の砂場で遊ぶようになり、三男の時は近くに公園が無

かったこともあり、本人が保育園に行ってる間にもよく近所の若いお母さん方が、

2~3人でよちよち歩きの子を連れて遊ばせに来ていた。

 

公園の“三種の神器”と言えば、滑り台・ブランコ・砂場だが、最近は砂遊びを

する子が減っているという。

理由は2つあり、1993年の“都市公園法”の改正により砂場の設置義務が廃止さ

れて砂場自体が減ったことと、砂場は不衛生だといって敬遠する親が増えている

ことだ。

 

お母さん達が心配しているのは、犬猫鳥の糞による大腸菌寄生虫。あと、ゴミ

や雑草による汚れ、破傷風など様々な有害菌も怖いという。

 

我が家の場合、庭の砂場に犬猫が糞をしたことは無く、皆がよく遊んでくれたの

で砂の通気性も良く、臭いやカビとも無縁だった。

もし公園の砂場の汚れが気になる場合は、砂場にカバーや柵を設けるという方法

があり、実際それを実施している市もあるので、必要な場合は陳情してみるのも

有りだと思う。

 

“旅行者下痢”という言葉がある。これは海外旅行の際に、衛生設備の不完全や食

事と水の違いから起きるもので、特に日本人に多いと言われる。実はこれは子供

達とも無関係ではないらしい。

 

微生物の多くは健康に欠かせないもので、“清潔すぎる環境”や“ばい菌の完全遮断”

は子供を免疫力の弱い子にしてしまい、特に乳幼児期の過度な除菌や消毒は、生涯

の健康に悪影響を及ぼすと言われている。

 

つまり子供時代は免疫力を鍛える期間であり、公園で遊んだり自然と触れ合うこ

とで様々な病原菌への免疫力がついて、病気に負けない身体になるということだ。

 

その点砂遊びは「年齢を問わず主体的に遊べる」「手や身体の感覚を刺激して想像

力・創造性を養う」…等、他にも良い面が沢山あり、幼少時の子供の発達を促すと

して専門家からも奨励されている。

 

ともあれ清潔は大事なので遊ぶ前に砂の状態を確かめ、万が一糞があったらスコ

ップで周りの砂ごとすくい投げ、砂遊びの後には必ず石鹼で手洗いをすること。

こういったことをきちんと実行しながらも、衛生面に過剰反応することの無いよ

う気を付けたい。