ほたるBBの 絵と 本と 雑感日記

60代後半に再開したお絵描きと、読書の備忘録。考えさせられたことなども綴ります。

『あの世はあった―文豪たちは見た!ふるえた!』感想 

[内容]

12人の日本人作家と知識人が遭遇した、其々の不思議な体験が紹介されて

いる。        (著者) 三浦 正雄、矢原 秀人 (出版社) ホメオシス

 [感想]

遠藤周作土井晩翠など、彼らが実際に書いたり語ったりした内容を、文献

や証言者の言葉と照らし合わせながら分析している。

 

たとえば宮沢賢治の場合は 「作品に登場する神秘体験はフィクションでは

なく、実際に山野を散策するおりに見えた様々なものを作品中に描いている。」

と結論付けており、それらについて語る本人の言葉も紹介。

 

晩年に自分を頼って来た異母姉の霊に、彼女の魂を救うために「死ぬまで

離れず私に取り憑いているように。」と伝えた南方熊楠の優しさと強さには

思わず唸った。人間性というのは霊体験をした時にもハッキリ現れるもので、

文豪達の体験内容もさることながら、彼らがその時それをどう受け止めたの

か、そちらの方も興味深く読んだ。

 

新渡戸稲造のこの言葉には深い共感を覚えた。

「あたかも理屈一方に馳せる人が宗教家を笑うて迷信者というと同じく、

その実、理屈のみにて万事を測らんとするものこそ迷信の極端に陥ったもの

であるまいか。」

 

霊体験をした人の多くは、それを頭から否定する人を相手に論争するほど

強くも親切でもない。又そんな事にばかり関わっている暇もないと思う。

だが私は、少なくとも自分の大切な人達にだけは、死ぬ迄にある程度自分の

体験を話しておくべきだと思っている。そしてそれをどう受け止めるかは彼ら

自身の問題なので、それ以上はとやかく言わないことだ。

 

他人の体験の真偽は確かめようがなく、中には勘違いもあると思うが(嘘は

論外) こうしてみると文豪達が批判や揶揄を恐れずに書いたことは、著名人

だからこそ覚悟がいった筈で、今回読み返してみて改めて凄いなと思った。

思い込みで人違いをしてしまう

最近、近所の奥さんが朝の散歩を始めたようで、時々ジャージ姿で早歩きをす

る姿を見かけるようになった。しかし目の前ですれ違っても、目を合わせよう

ともせずまるで別人だ。しかも随分と若返って見える。

 

よく似てるけど、あの女性は後妻さん?前の奥さんは離婚して出ていった?

ある時鉢合わせた人に聞いてみた。返ってきた答えは「ああ、あれ娘さん。」

私は思わず爆笑した。まだ学生だと思っていたが、いつの間にか大人に…^^;。

 

事程左様に、人は一度勘違いしたらそのまま思い込んでしまうところがある。

しかし、その内容によっては笑えない場合もある。

 

数年前我が家にお巡りさんが来て、ゴミ集積所でボヤ騒ぎがあったことを告

げられ「Kさんが、ほたるさんを見たと言ってるのですが。」と言われて驚い

たことがある。その集積所には約100軒分のゴミが集まるのだが、それは当日

の朝に持ち込む決まりになっていて、この日私はKさんの姿は見ていない。

 

お巡りさんはすぐに帰り、この話はこれで終わったのだが、問題はKさん。

この数日後に偶々道で出会ったのだが、この事には全く触れずに何故か満面

の笑みで彼女が参加している趣味の会に誘われた。私は内心苦笑して、警察

が家に来たことは言わないでおいたが、気持ちは複雑だった。

 

話は飛躍するが、私は何かの事件の目撃者になっても「絶対あの人です。」

という言い方はしないと決めている。

 

きっかけは昔「冤罪で逮捕された男性が、刑期を終えてから自力で真犯人を

捜し出した。」という記事を読んだことだった。この人の場合、目撃証言が

逮捕の決め手となったらしく、写真で見る真犯人は顔も背格好も驚くほど

本人とよく似ていた。これでは間違えるのも無理はないと思ったが、だから

といって謝って済む問題ではない。この事で私も“絶対はない”と心に刻んだ。

『手紙(主演)山田孝之』感想 

[内容]

強盗殺人を犯した兄のために、犯罪者の家族として辛い思いで生きる若者

の物語。 東野圭吾原作。            (2006年製作国日本)

手紙

[感想]

両親を亡くし弟と2人で暮らしていた剛志は、弟の学費欲しさに盗みに入り、

誤ってその家の主婦を殺して無期懲役の判決を受ける。

 

弟の直貴は高校を卒業してから工場で働いていたが、人殺しの家族として

差別される度に心を閉ざしていき、職も転々として誰とも打ち解けようとし

なかった。だが彼にも夢はあり、それは幼馴染みとコンビを組んで漫才師に

なることだった。

 

直貴と同じ工場で働く由実子は、そんな彼に好意を寄せて見守っていた。

最初は無視していた直貴だったが、変わらぬ優しさで接してくれる由実子に惹

かれ始めて結婚。子供も出来て、事件以来初めて幸せな日々を過ごすように。

 

ところがある日、娘が兄のせいで苛められていることを知り、事ある毎に犯罪者

の家族として差別されてきた直貴は、兄と離別することを決意。

獄中の剛志は心から罪を償う日々で、毎月直貴に手紙を書いていたが、そんな

兄に絶縁の手紙を送る。

 

現実の世界でも加害者家族は辛い状況に置かれ、自殺が後を絶たない。

彼らに対する世間の冷たい目と、執拗な報道関係者。そして昨今は、ネットで

の中傷も凄まじい。

 

本社の会長が直貴に語る言葉が、厳しくも温かい。「自分が刑務所に入れば

それですむという問題じゃない。今の君の苦しみ、それをひっくるめて君の兄

さんの犯した罪なんだ。」「差別のない場所を探すんじゃない。君はここから

始めるんだよ。」

 

直貴が刑務所の慰問で漫才をするシーンがある。それを観る兄が、涙を流して

合掌する姿には胸がつまったが、力強いラストで良い映画だった。

『地を這う祈り(石井光太)新潮社』感想

[内容]

アジア各地のスラムの写真に短い解説が付けられた、写真エッセイ集。

[感想]

著者は1977年生まれのノンフィクション作家。国内外の貧困や医療などを

テーマに、数多くの本を執筆しており受賞も多数。

 

見るには覚悟のいる本だ。

(トラウマになる恐れがあるので、中学生以下は見ない方がいい。)

修正もボカシも無い、想像以上に悲惨な写真が続き、何度も手が止まった。

しかし、これらが全て事実であることは、写真が証明している。

 

鎖に繋がれている全裸の知的障害の少年。乞食をするために腕を切り落と

された子供。路上で冷たくなっていた知的障害のある売春婦。ルワンダ

虐殺された人々の骨…等々。他にも誘拐の時に逃げられないよう両親を殺害

させられた少年など、想像を絶する人生を背負わされた人達の写真が続く。 

 

著者がインタビューに答えている。

「現地の人を傷つけてるだけだという批判には、それでもいい-(略)-私は絶

えず答えのない問題を提起する人間になりたい。」

「安全な場所でふんぞり返って、ケチや論だけをでっち上げてる人間にはな

りたくない。」

 

本書では “世界の最底辺”や“絶対的貧困”の中で暮らす人達の現実を突き付け

られるが、どんなに思いを巡らせてみても、当事者ではない私達に深いとこ

ろは分からない。又、この写真を見たからといって何が出来るわけでもないが、

「自分は幸運だ」で終わらせず、ちゃんと見て考えなければいけないと思った。

「ただの偶然」ではない場合もある①②

① <行くことが出来ない>

以前趣味の教室のAさんと、他県に天然石を買いに行く約束をした時の事。

当日の朝Aさんから電話が来て、朝起きようとしたら左右のアキレス腱に

激痛が走り、歩ける状態ではないという。

 

思い当たる原因は無いそうで、「前にも突然の体の不具合で外出を止められ

たことがある-(略)-今回は買いに行くのはやめましょう。」と言われた。

 

その数日後、何故か私のアキレス腱も痛み出した(片方だけ)。2人共翌週の

教室には出席出来たが、見るとAさんの両足首はまだ赤く腫れあがっていた。

それから10分程して、教室にCさんから電話が入った。「アキレス腱が痛む

ので今日はお休みします。」私とAさんは、思わず顔を見合わせた。ちなみに

3人共運動はしておらず、Cさんは私達のアキレス腱のことは知らない。

 

② <いなくなったナナ>

今は亡き飼猫のナナが、誰かが玄関を開けた隙にヒョイと外に出てしまった時

のことだ。あちこち探し回ったが見つからない。

近所には以前ナナに大怪我をさせた猫がいるので、どこかに隠れているのか…。

 

しかし4時間が過ぎ、最悪の事態も頭をかすめるようになった為、私は部屋で

1人、亡くなったぺぺ(ナナと仲が良かった猫)に全身全霊で祈った。

「ナナが生きていたら家に連れて来て下さい。もし怪我をしていたり、死ん

でる場合は私をそこに連れてって下さい。」

 

5分程祈り続けた後、又ナナを探すために玄関の戸を開けたら、何と、目の前

にナナがちょこんと座っていた。

『太陽に灼かれて(主演)オレグ・メンシコフ』感想

[内容]

スターリンの時代、家族と共に休日を楽しんでいた特権階級の男が、粛清の

罠にはめられていく。      (1994年製作国 露・仏)映画賞受賞

太陽に灼かれて(字幕版)

[感想]

舞台はモスクワ郊外の美しい田園地帯。

ロシア革命の功労者であるコトフ大佐には、若く美しい妻と幼い娘がいた。

この時ソ連では粛清が始まっており、同志たちは次々と無実の罪を着せられ

て逮捕されていたが、大佐はまだ郊外の別荘で優雅に休暇を過ごしていた。

この上流家庭に、10年ぶりに帰郷した青年ドミトリが訪ねて来た。

 

正直言って映画の前半は少し退屈だったが、ドミトリの過去や突然故郷に

帰って来た理由が分かるにつれ、俄然面白くなっていく。

 

コトフ大佐はかつて、妻と結婚する為に自分の立場を利用して、当時彼女の

恋人だったドミトリを遠くの戦場に追いやり、人生を狂わせていた。 

今度はドミトリが、スパイ容疑をでっちあげて大佐に復讐することになるのだ

が、それはただの私怨によるものではなかった。

 

秘密警察の一員として、スターリンの恐怖政治に加担するドミトリに恐さを

覚えながら観ていたが、ラストで最初のシーンの意味が分かり、冷徹に見えた

ドミトリの深い悲しみが伝わってきて切なかった。

 

大佐の幼い娘の、自然であどけない表情がとても可愛い。

大佐と妻の苦悩もきちんと描かれていて、ハッピーエンドではないが冷静に

受け止められるラストだった。ちなみに粛清の残酷なシーンは無い。

 

この映画は三部作となっており、『戦火のナージャ』『遥かなる勝利へ』と続く。