昔からたまに、ある種の赤色にだけ反応して吐きそうになることがあった。
それは偶然見かけた靴だったり車だったりで、原因は不明。回数は小学生の時
から数えても、多分10回にも満たない。
ある日、まだ高校生だった三男を助手席に乗せて運転していた時のこと。
久しぶりにあの色の車に遭遇して、突然吐き気に襲われた。
息子に話したところ「ああ、あれは血の色だよ。」と言われた。言われてみれば、
気持ち悪くなるのは、赤色の中でも特にネットリとしたものばかりだった。
それで、すっかり忘れていた右手の薬指の傷痕のことを思い出した。
それは昔、お正月の硬いのし餅を切り分けていた父が、赤ん坊の私がハイハイし
て来たことに気付かず、私の指迄ザックリと切ってしまったために出来たものだ
った。
よくちぎれなかったと思う程の深い傷だが、当然私はその時のことは全く覚えて
おらず、中学生の時に母に訊いて初めて知った。私は10才頃迄、人は皆薬指に
だけ横線が入っているものだと思っていた。
果たしてそんな小さな時の事がトラウマになったりするものだろうか…とも思う
が、他に思い当たることは無い。
知人は1歳になったばかりの頃に事故で舌を噛み切り、その時の痛さと大量の真
っ赤な血を今でも記憶していると言っていた。余りにもショックな出来事は乳児
でも記憶に残ったり、トラウマになることはあるのだろう。
トラウマには様々な原因があるが、乳幼児期に繰り返された虐待の場合は、特に
脳や心に深刻な影響を及ぼすといわれる。PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症
した子供には専門的な治療が必要で、周りの大人も子供に寄り添うことが大切だ
という。
母によると父は、赤ん坊の私を「〇っ子」と愛称で呼んで可愛がっていたそうで、
私に怪我をさせてしまった時の父のショックは相当なものだっただろう。
そう思ったら何だか急に父が可哀そうになり、思わずその時のまだ若かった父に
心の中で「大丈夫だよ。」と声を掛けたが、あの世の父には届いているだろうか。
ちなみにトラウマの克服には色々な方法があるようだが、私の場合 “血の色”に
合点して以来全く吐き気に襲われることは無くなった。