昨年、飼猫のヤムチャがまだ元気だった時のこと。中庭に敷かれた板をじーっ
と見つめていたので、何か居るのかと三男が調べたところ、板の隙間から顔を出
した蛇が大きな口を開けて死んでいるのを見つけた。
しかし、実はそれは擬死で、よそ見をしてる隙にどこかへ逃げて行ったという。
※擬死= 生き残る為に死んだふりをすること。擬死をする生き物は多い。
話は飛ぶが、人は年齢に関係なく「結果を残せなかった」「主流派から外れて冷
や飯組に落ちた」「大きな失敗をしてしまった」…など、様々な理由で「終わった
(詰んだ)」と心折れる状況に追い込まれることがある。
しかし落ち込んでいるだけでは、何も変わらない。周りが「あいつは終わった」
と思うのなら、悔しいけど開き直って死んだふりをして、黙々と必要な事を積み
上げていくことだ。自然界の生物の擬死も、正に生き残る為の策なのだから。
それを継続させるための基本は、ありきたりだが十分な睡眠と、散歩などで体を
動かすことだという。ネットを見ると、その他にも専門家が色々なアドバイスを
してくれている。
ちなみに1人静かに“内観”するのは、落ち込んでいる時にすると狭い所を低迷す
るだけになりがちなので、私はそういう時はむしろ外に出て何か行動するように
していた。
以下は私が二十歳の時の小さな体験だ。
就職して数か月後、同期入社した女性達の配属場所が決まった時に、1人だけ雑用
係のような立場になった人が居た。彼女が劣っていたというわけではなく、お昼休
みには彼女も一緒に、喋って笑って楽しく過ごしていた。
それから1年程経ったある日、朝礼の時に係長から彼女の配置換えの通知があった。
当時はパソコンは勿論ワープロさえ無い時代だったのだが、彼女はいつの間にか
夜間のタイピスト養成教室に通って、タイプライターの資格を取っていたのだ。
私達ランチ仲間は、彼女がその事をひと言も話さずにいた事に、小さなショックを
受けた。中には「抜け駆けした」などと言う人もおり、私も「皆で習い事の話もし
てたのに、どうして隠してたんだろう。」と思った。
でもその時に初めて気付いた。隠すも何も彼女には私達に報告する義務など無く、
同期はライバルでもあるということ。いつまでも“女の子”気分でいてはいけないと
いうこと。そして、人は順風満帆よりも悔しい経験をした人の方が、逞しく成長
するということを。