初代黒猫のナナ(♀)が、19歳で病死する2か月前のことだ。
ナナは腎臓が悪く、薬を飲みながら毎週点滴に通っていたが、すっかりやせ細
って一日の大半を眠って過ごしていた。
いつもは息子と寝るナナが、その日は珍しく私と一緒に布団の中で寝ていた。
私が寝入って少し経った頃、ナナが布団の中と枕元の間を、ソワソワと何回も
行き来し始めた。
どうしたのかなと思いながら撫でていたら、布団のすぐ横に人が立っているの
に気付いた。見ると背の高い若い男で、無表情で私を見下ろしている。
「え?誰?」と思ったのと同時に、自分の目が閉じたままなことに気付いた。
驚いて目を開けようとするが、何故か開かない。しかし手はちゃんと動く。
少し焦り始めたところで、突然男が「猫め~!」と言って消えた。
その声は喉から絞り出すような低い声で、私は驚いて飛び起きた。
ナナは唸るわけでも威嚇するわけでもなく、ただソワソワと歩いていただけだ。
ナナはすぐに又、何事も無かったかのように眠ってしまったが、私はおっとり
と優しいナナにそんな力があることに驚いていた。
この類のモノは、皆気付いてないだけで何処にでもいると言われる。
私も数えるほどしか遭遇していないが、ナナに比べて焦っていただけの自分が
情けなく、こんな場合は気付かない方が幸せかもしれない。
男はその後、二度と現れていない。