[内容]
自身の登山の歴史と、夫婦で登ったヒマラヤでの遭難と生還劇が綴られている。
[感想]
遭難したのは2002年の秋で、場所はヒマラヤのギャチュン・カン北壁。
著者はこの時、凍傷により手足の指を計10本失っている。
私はその個所を読んで初めて、以前ニュースで見た指が黒くなっていた人は、こ
の人だったのかと気付いた。
それにしても雪山の遭難は壮絶だ。手足は凍傷になり、体は日増しに衰弱してい
き、思考力も低下。視力までおかしくなって、5日間殆ど何も口にしていないため
胃液を吐き続けたという。それでも本人は、絶望というのは一瞬たりとも浮かばなか
ったというから驚きだ。
運がいいから生き残れたと言われるが、それに対して著者は、「いつも悩み、心から
登りたいのか考え、実際の登攀(とうはん)中も山からの危険を読み取り、自分の能力
を見つめ、その中で最高の決断を下してきたつもりである。」と反論。山を登る時は
臆病なくらい慎重だそうだ。
以下の現象も興味深い。「この頃から高度障害のためか常に誰かと登ってるような
気がしてくる-(略)-人間は潜在能力を最大限に発揮しているとき、こうした人物を感
じると言う。確かに男のクライマーで、会話は出来ないが意思の疎通は可能なよう
な気がする。」
遭難死した登山者に対して、第三者が「山で死ぬのなら本望だろう」などと言うのを
耳にすることがあるが、いくら山が好きでも「死んでもいい」とまでは思っていない筈。だが著者は命を失いかけても尚、登山をやめようとしない。私には山の魅力は分
からないが、著者が並大抵の登山家ではないことだけは、ビンビン伝わって来た。