[内容]
歴史的なパンデミックの実態と終息迄の経緯、及び解決に尽力した人々の話。
[感想]
著者は医学博士。
人類は原始から疫病との戦いを繰り返してきた。そのおびただしい犠牲者の数
を見ると、著者が言うように、今回の新型コロナウィルスの悪性度は低いのだ
ろう。しかし著者は続けて「甘く見るのは禁物」と、最悪の状況を考えてきち
んと対処することの大切さも指摘している。
第1部は、ペストを始め歴史的なパンデミックを起こした疫病の解説。
第2部は、疫病を制圧するために闘った人々の話。
細かく分けられた各節のタイトルが分かり易く、私の場合最後にこのタイトル
をもう一度最初から読むことで、本書の内容がより整理されたように思う。
本書では特に戦争・紛争との関わりについて詳しく解説されている。
例えば「ナポレオンの大陸軍が味わった地獄はチフスだった。」…等々、兵士が
疫病で死亡することはむしろ当たり前で、武力だけではなく疫病が戦いの勝敗
や歴史を左右してきたことに、改めて驚かされる。
以下に、本書で取り上げられているパンデミックの事例を幾つか抜粋。
◎モンゴルによる東ヨーロッパや中国の支配で、交易と共に疫病が広がった。
◎新大陸ではヨーロッパから持ち込まれた数々の伝染病のために、ネイティブ
の住民に途方もない大量死が起き、逆に新大陸からはヨーロッパを経て梅毒
がアジアに渡り世界的流行が起きた。
日本も例外ではなく、何度も歴史が変わる程の影響を受けている。例えば
◎奈良時代には朝鮮半島から戻った遺新羅使によって天然痘が大流行。鎮魂と
救いを求めた聖武天皇の進言により、東大寺の大仏が建立された。
◎幕末にやって来た黒船により、長崎でコレラが発生。それは大阪や江戸にも
広がり、それ以降日本人は外国人を敵視するようになって攘夷論が強まった。
◎北海道では、江戸時代に和人が入植するようになってから、天然痘が大流行。
アイヌの人たちの人口が激減した。 等々
以下に、印象深かった話を3つ。
◎1803年スペインの国王は、世界の人々に無償で『種痘』を施した。
その時、“感染力のある新鮮な膿”を確保し続けるために、旅の一行に数十名
の孤児たちが加えられ、彼らの腕に牛痘を継代しながら世界を一周。
孤児院の子を医学の実験台にした話は、日本を含め世界中にあり、スペイン
のこの話には(実験ではないが)読んでいて胸が痛んだ。
◎日清・日露戦争では、脚気によって多数の日本兵が死亡。大きな問題となっ
たが、白米を麦飯に変えたことで解決した。しかし陸軍が頑なに感染症説を支
持していた為に、解決に至るまでに長い年月が掛かってしまったそうで、権力
を持つ人間の勘違い・偏狭は、時に惨事を引き起こす悪例となっているようだ。
◎スペイン風邪は全世界で5億人が感染。死亡者数は5千万-1億人と推定されて
いる。当時は第一次世界大戦の最中だったが、死者の数が多過ぎて徴兵できる
成人男性が減り、そのために戦争の終結が早まったと言われている。正に疫病
が歴史を変えたわけだ。
人間とウィルスの闘いは、永久に繰り返すと言われている。
「災害は忘れた頃にやってくる」…私達はこの言葉をしっかり脳裏に刻んで生活
する必要がありそうだ。