[内容]
ホームレスとして生きることを選択したアーティストの女性が、公園でのテント暮
らしの様子や、行政の立ち退き要求、人々の蔑視など、生活の実態を綴っている。
[感想]
著者は東京藝術⼤学⼤学院修了。貧困などの問題に取り組み、2003年から東京の森
林公園のブルーテント村に居住して20年以上経つ。
私が若い時のこと。外出先で突然悪臭が漂って来たので振り返ると、すぐ側に初老
の浮浪者が居て驚いたことがある。(ホームレスは昔、浮浪者と呼ばれていた。)
ホームレスになった人の事情や背景は様々だが、著者はこのようなタイプとは異な
り、また他のホームレス達とも考え方や感覚が違うようだ。
ホームレスになる前の著者は「働けば働くほど豊かになるどころか、自尊心が傷つ
けられ、他人に対しても自分に対しても不信感がつのって、自暴自棄になって死に
たくなっていった。」という。
そんな時にテント村と出会ったのだが、女性が野外で1人で生きるのは色々な危険
が伴うと言われており、実際その通りのようで女性のホームレスは少ない。
テント暮らしを始めて少し経つと、著者も女性であるが故のややこやしい事に遭遇
するようになり、そのため物々交換カフェ“エノアール” と “絵を描く会”を立ち上
げ、その後も女性同士の交流の場を作り上げて活動している。
本書ではこの他、天候や街の変化に影響されるホームレスの暮らしぶりや、訳あり
の人達の紹介、一般人からの理不尽な仕打ちなど、様々な事が語られている。
テント村では当初350人が暮らしており、仕事別、出身別、価値観などで幾つかの
グループに分かれて、其々で余り物や情報の交換が行われていた。
しかし、翌年(2004年)行政による“ホームレス地域生活移行支援事業”が取り組まれ
たことにより、2年後には6分の1にまで縮小。
本書ではこの時の顛末の他、オリンピックや商業施設建設の時の“追い出し”の経緯、
強制封鎖で区の職員や警官達と衝突した時の事などが語られている。
ホームレスには、自立に向けて一時的に用意されたアパートに住んで新しい仕事に
就く…といった事を喜ばない人が多いようだ。それに関して著者はこう説明する。
「役所の職員に勧められて生活保護を受けて路上生活から脱しても、生活を制限さ
れたり、“貧困ビジネス”の餌食になり抜け出せなくなることもある。」
「私達は、ホームレスを寝させないような都市開発計画を見直すよう訴え、ホーム
レス本人が望む時には医療や福祉サービスを受けられるよう、生活保護等の社会
保障を担当している窓口にも話し合いに行くことを続けている。」
どの世界にも、型にはまらずはみ出す人はいる。それを駄目だと決めつけずに受け
入れる柔軟さも、社会には必要だとは思う。
しかし公園は公共の場であり、彼らが毎日使用している水道やトイレなど諸々の設
備は、市民が真面目に働いて納めた税金によって賄われている。また、捨てられた
物品や食品の再利用は問題無いと思うが、それも誰かが働いて作り出したもの。著
者達が利用している“炊き出し”も、ボランティアと善意のお金で賄われている。
全ての人に生存の権利があるのは当然だが、“行動”の自由と権利には責任と義務が
伴う筈。公共の場を占拠することは他の人の“公園を使用する権利”を侵害している
ことで、それについてはどう考えているのだろう。次回はこういった疑問に答える
形で本を書いてほしいと思う。
著者はこの他にも「この地球の地面を誰かが“所有する”とはどういうことだろう
か。」「社会のしくみをどんなに細かくつくっても、はまりきれない人は必ず出て
くる-(略)-そういう存在のためにも、社会には常に“すきま”が必要だ。」等々、読
者に多くの問題を投げかけている。