ほたるBBの 絵と 本と 雑感日記

60代後半に再開したお絵描きと、読書の備忘録。考えさせられたことなども綴ります。

読書感想『19歳で人工肛門、偏差値30の僕が医師になって考えたこと 』 (石井洋介)

[内容]

大腸の病気で高校生活から落ちこぼれ、命が危ぶまれる状態に追い込まれるも、当

時まだ先進的だった手術で心身を回復。その後外科医となった男性の自叙伝。

[感想]

著者(45才)は日本うんこ学会会長。活動の幅が広く、病院ではできない医療の拡充

を目指して会社やクリニックを経営。社団法人の理事・大学の特任助教なども兼任。

 

本書は若い人に向けて全体に軽いトーンで語られているが、どん底から這い上がろ

うと頑張る姿と、その後の活躍ぶりには目を見張るものがある。

 

著者は、両親の離婚や再婚など幼少期から複雑な家庭環境で育ち、16歳の時に難病

指定の潰瘍性大腸炎を発症。2か月の入院で勉強についていけなくなり、不登校

なるも何とか卒業させてもらう。しかし体調は悪くなるばかりで再度入院。

この時に大量下血で命が危ぶまれる状態となり、大腸を全摘出して人工肛門になる。

(口絵に、著者の体重が32㎏まで落ちた時の写真もあるが、とても痛々しい。)

 

ニートで将来に絶望的な気持ちになっていた時、自分を育ててくれた祖母に、在宅

の仕事を見つけたいとパソコンを買ってもらう。ネットの2チャンネルにこの病気

の罹患者が集うコーナーがあり、そこで“人工肛門を閉じる”ことのできる病院があ

ることを知り、3か月後に手術にこぎつける。

 

この時、「病院や医師の技術によって、こんなに生活の質が変わるのか。」と衝撃を

受け、「自分もあんなカッコいい医師になりたい!そうして人をたくさん救いたい!」

と思い、これが医師を目指すキッカケとなった。

 

本書では30頁に渡り、著者の受験勉強の方法が教科ごとに詳しく解説されている。

初めてのセンター模試は偏差値30程度。しかも私立の医学部に行くお金は無いので

国立1本狙い。極道の妻から弁護士になった大平光代氏、ヤンキー先生こと義家弘

介氏の本を読んで参考にし、とにかく書き写すことから始めたそうだ。

 

医大5年生の時、高知の病院で研修医をしていた仲良しの先輩が過労死した。こ

の時、ここをもう二度と過労死の起きない地域に出来ないかと考えて「高地に研

修医が集まるプロジェクト」を立ち上げ、色々な事に取り組み始める。

 

著者のキャリアチェンジの経緯と思いについても、多くの頁が割かれている。

厚生労働省の医系技官”  “在宅診療医”  “医療経営コンサルタント” 等々、

仲間から「流浪医」と命名されるほど、今も様々な分野で活動を続けている。

 

その中でちょっと変わっていて面白かったのが、下記の2つ。

・デジタル関係の大学院で学び、大腸癌の早期発見と知識普及の為、スマホ

 ーム「うんコレ」を開発。(50人以上のボランティアが協力)

・高知医療再生機構からの依頼で、医学書YouTubeでみる身体診察」を作成。

 

以下に本書で印象深かった言葉の中から3点抜粋。

「早く行きたければ1人で行け。遠くへ行きたければみんなで行け。」(外国の諺)

「自己効力感と自己肯定感は本質的には別物。いつも他者のニーズに当てはまる自

   分になろうと生きていくと、いつの間にか“自分”を見失ってしまう。」

「病院では“敗北”だった死を、穏やかにみつめて家族にも納得してもらい、天寿を

   全うしてもらう支援をするのが、在宅診療医の大きな仕事。」

 

最終章では、かつての自分の間違いや弱い部分について赤裸々に語られており、若

者に向けて人としてあるべき姿、生き方に関する助言が述べられている。