30年前のこと。ある事で小6の三男に「バカチョンでも出来るよ。」と笑ったら、
「お母さん、それ意味分かって言ってる?」とたしなめられて驚いたことがある。
昔オート機能付きのコンパクトカメラが登場した時、誰でも簡単に使えるという意
味で、それは“バカチョンカメラ”と言われていた。
私はその言葉を バカチョン=バカや半人前 と解釈していたが、実は“バカや朝
鮮人”という差別表現だというのである。
※バカチョンには他の説もあるが、現在は差別用語として放送禁止になっている。
無意識な差別的発言を“マイクロアグレッション”と言うそうで、この数か月ネット
でこの言葉をよく目にした。キッカケは今年作成された埼玉県の、人権啓発ポスター
『うっかり差別発言』だ。
ポスターには「あなたは心当たりありませんか?うっかり差別発言」という標語が
書かれていて、その下に下記のような事例が幾つか並んでいる。
「外国人なのに日本語上手だね。」 「お父さんいないんだ。かわいそう…。」
「高卒なのにしっかりしてるね。」 「早く子ども作らないとね!」 他
悪意はなくとも偏見で人を傷つけることがあるので気を付けましょう…ということ
なのだが、これに対しては一部批判的な声もあり、そちらもあながち間違っていな
いので難しいところだ。例えばこんな具合。
・受け取り方でなんでも差別になる
・いちいち過剰反応されると萎縮する
・許容発言を線引きすると言葉狩りが起きる 等
最近“好意的性差別”という言葉も耳にするようになった。これは“善意のように見
える性差別”のことで、以下はその具体例。
・小さい子供のいる女性に大きな負担が伴う仕事を任せない
・職場で本人(女性)に向かって容姿を褒める
・飲食店で男性が女性の分の代金を支払う 等
これらは善意から出ていることが多く、むしろ喜ばしく受け取る女性は多い。
では何が問題なのかというと、根底に「女性は家事や育児を担うべき」「女性は男
性に従属する立場」などの決めつけがあり、それは女性の能力と意思の軽視に繋
がり性別による偏見を助長する。……と、解説されていた。
昔と違い、今は女性も外で働くのが当たり前で、男性と同じように働きたい人は大
勢居る。しかし女性というだけで責任のある立場から外されることは多く、その悔
しさは想像に難くない。
しかし反対に、賃金やキャリアよりも家庭(子供)を優先したい女性も多く、私は母
親としてそれは当然と思うので、何でもかんでも“好意的性差別”と捉える風潮には
なってほしくないと思っている。
「言われた側が差別と感じたら、それはもう差別と認識すべき。」という意見があ
る。つまり、“それが差別かどうかを決めるのは被差別側の権利”という考え方で、
確かに相手の感情は尊重すべきだと思う。しかし中には 悪意にとる、ひねくれて
とる、過剰に反応する…という人がいるのも本当なので、難しいところだ。
あと、相手が「差別ではなく区別だ。」と言う時は、不平等な扱いに対する言い訳
であることも多いので、そのへんはきちんと見定めたい。