ほたるBBの 絵と 本と 雑感日記

60代後半に再開したお絵描きと、読書の備忘録。考えさせられたことなども綴ります。

読書感想『「お迎え」されて人は逝く』(奥野滋子)

[内容]

多くの患者を看取ってきた医師が、お迎え現象を通して終末期医療と死生観に

について考え、人としてあるべき姿を助言。副題『終末期医療と看取りのいま』

[感想]

著者は、麻酔科から緩和ケアに転向した医師。

 

“お迎え現象”とは、最期の時に患者の前に死別した親族などが現れる現象のこと。

これは長い間、機能不全による意識障害(せん妄)と診断され、治療の対象だった。

 

しかし最近は、お迎え現象や死後の世界を認める科学者や医師が増えており、著者

も医療現場で直にお迎え現象のことを知ってからは、これをせん妄とみなし薬によ

って意識を落とすことには反対している。

 

本書では著者が、患者やその家族から聞いたお迎え現象の他、多くの臨終の場面が

紹介されている。どれも具体的に語られていて、半数以上が「数日前から死別した

家族や知人が現れる」というものだが、中にはペットや、幼い時に亡くなった息子

が成人した姿で迎えに来てくれたという人も。

 

お迎え現象を語る人達は皆、死を受け容れて心穏やかに死の準備を始めるという。

中には死は無になることと考え、末期になっても病気を治す事だけを考えている人

もいるが、一人寂しく死ぬわけではないことを知ると、本人だけではなく周りの家

族も安心して看取ることが出来るようになるそうだ。

 

つい最近まで病院では、「もう駄目だ」となってからようやく家族が病室に入って

対面が許されるという状態で、治療の決定権は本人にも家族にも無い“お任せ医療”

が当たり前だった。しかし今は、患者が癌と診断された早期から緩和ケアを受ける

ことが出来るそうで、著者は、最期まで医療任せにしてはいけないと訴える。

 

以下に、考えさせられたことを一部抜粋。

・体がもう栄養を必要としなくなった時、点滴や胃婁は全て負担になってしまい、

 却って何もしない方が本人も辛くなく、長く頑張れることも多い。

・治療医の中には、終末期であっても無意味な治療を続ける人がいるが、実は本人

   はそれを望んでいなくても、周りに気を遣って自分の望む死に方を選べない…そ

   ういう人は意外にいる。

・悲しみや死の恐怖に耐えられずに、介護した人が自殺を選ぶというケースも少

   なくない。患者が苦しみを可能な限り緩和するというのは、自分のためでもあ

   り、周囲への思いやりでもある。

 

最終章で著者はこう書いている。 

「人は死んですべての役割から解放されるのではなく、死んだ後にも役割がある。

それは残されたものに生きる力を与えること。先祖となって家族や家を守ってい

く存在になることです。」

私も自分が死んだ後は先祖の端くれとして、母が私にしてくれたように子や孫を見

守っていきたいと願っている。