ほたるBBの 絵と 本と 雑感日記

60代後半に再開したお絵描きと、読書の備忘録。考えさせられたことなども綴ります。

『最後の社主(樋田毅)講談社』感想 

[内容]

朝日新聞創業者の孫で、3代目社主であった女性の生涯と、創業家と経営側

との確執の記録。副題は『朝日新聞が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム』

[感想]

著者は元朝日新聞の記者で、会社の指示により創業家の内情を探るために、

社主である村山美知子氏の秘書を7年間務める。

美知子社主は経営には関わらず、象徴天皇のような役割を果たしてきた人で、

2年の結婚歴があるが子供はおらず、2020年3月に99歳で死去。

 

本書では1879年に朝日新聞が創刊されてからの歴史、深窓の令嬢だった

美知子社主の生い立ち、桁違いの資産・仕事・エピソード、そして朝日新聞社

創業家の対立が赤裸々に綴られている。

全て実名で、朝日新聞社からの批判は覚悟の上とのことだが、よく書いたなあ

というのが率直な感想だ。(朝日は、本書には問題ありと抗議文を発している。)

 

朝日新聞経営陣にとって、6割もの株式を所有する創業家の村山・上野両家

は、長い間厄介な存在だった。しかし1942年に「日本新聞会」の規定により

定款を改正。その結果株主の議決権行使は5%までとし、配当は出資額の

6%が上限となった。(それまでは高配当で、創業家の富の源泉だった)

 

美知子社主の株式に関しては、何度か経営陣から分割を要求する働きかけ

があり、2008年には香雪美術館への寄付とテレビ朝日への売却によって、

社主には3分の1だけが残った。

経営陣は更に、晩年入院生活を送っていた美知子社主に遺言書の作成を促し、

それにより財産の殆どが、朝日関連の事業に寄贈されることに。本書ではその

経緯もつぶさに書かれていて、著者はそのやり方を厳しく批判している。

 

他にも親族と後見人の介護をめぐっての対立。もつれてしまった養子問題。

お墓の問題。産業医による付き添いの女性たちの一方的な解雇等々…会社側

による目に余る越権行為が続いたという。手厚い治療体制ながら、とても

心穏やかとは言えない寂しい晩年だったようだ。

 

社主は大阪国際フェスティバル協会に大きく貢献した人で、カラヤン小澤征爾

佐渡裕など、多くの国や指揮者との興味深いエピソードにも頁が割かれている。